今朝の最上の言葉でさえ 夜に生意気だと言われる―
When Memory is full
Put on the perfect Lid –
This Morning’s finest syllable
Presumptuous Evening said –
記憶があふれそうな時は
ぴったり蓋を閉めなさい―
今朝の最上の言葉でさえ
夜に生意気だと言われる―
🔵F1301/J1266/1873(43歳)🔶Memory
受難節、次の日曜日4月5日はイースター(復活祭)。
ずっとバッハの「マタイ受難曲」を聴いています。
桜の満開の時期に春分の日の次の満月を見ていると、
松尾芭蕉の句が思い出されます。
芭蕉の見た桜は、幕末にエドヒガンとオオシマザクラの雑種が交雑してできたソメイヨシノではなく、ヤマザクラです。
寛文4年(1665)芭蕉21歳
松江重頼編『佐夜中山集』(寛文4年9月26日跋)刊
伊賀上野松尾宗房として発句2句入集
姥櫻咲くや老後の思ひ出
(うばざくら さくや ろうごの おもいいで)
月ぞしるべこなたへ入らせ旅の宿
(つきぞ しるべ こなたへ いらせ たびのやど)
寛文6年(1666)芭蕉23歳
4月25日 藤堂良忠(よしただ)〈蝉吟(せんぎん)〉亡くなる 享年25歳
貞亨5年(1688)芭蕉45歳
2月18日 伊賀上野の実家に帰る
亡父三十三回忌の法要が営まれる
春 旧主家 藤堂良長(よしなが)〈探丸(たんがん)〉[藤堂良忠の子]別邸の花見に招かれ懐旧の句あり
探丸脇あり これを自筆に揮毫して贈る
さま〴〵の事おもひ出す櫻哉
(さまざまの こと おもいだす さくらかな) 桃青
春の日はやく筆に暮れ行く
(はるのひ はやく ふでに くれゆく) 探丸
『笈の小文』(貞亨4年10月25日~貞亨5年4月23日)
(芭蕉44、5歳)
伊賀への4度目の帰郷に際して創作された作品を集めて一巻とした。『奥の細道』のように芭蕉自身が書いた旅行記ではない。芭蕉自身が書いた真蹟短冊や書簡などをもとに、芭蕉死後大津の門人川井乙州によって編集されて成ったものである。